interview

Calibre
Part1

ドラム&ベースについて聞かれても、特にこれといった視点があるわけじゃない。
よそよそしく聞こえるかもしれないけど、ただ何も言うことがないだけなんだ。

小さい頃、例えば保育園の園庭を歩いてた頃とか絵を描き始めた頃、映画の 『トゥルーマン・ショー』みたいな出来事が実際に起こってるような、そん な 気がしてた4歳のあの頃の記憶っていうのが、何かを表現したいって思う今の気 持ちに繋がってるんだと思う。自分が音楽を作るのは、そこに原点が あるから だと思う。

シーンにどう貢献するべきとか、どう関わって行くべきだとか、そういうことを 考えながらやってるわけじゃなくて、もっとこうアーティスト的な流れ なん だ。うぬぼれに聞こえるかもしれないけど。

何かに左右されてやっているわけじゃなくて、全部自分の人生で発生してること のような。実際、今こうしてる瞬間だって人生の一部なんだし。

今のところはドラム&ベースっていうジャンルの中にいるけど、可能性があるな らもちろん他の音楽だってやってみたい。自分の音楽はクラブシーン以 外でも 使えると思うから。

2:00
自分のやってることが、何か意味のある別のことに繋がったらいいなっていつも 思ってる。有名になるとかそういうことじゃなくて、自分に合った道を 行くよ うな感じのことをしたい。自分が楽でいられる場所に身を置きたい。でも、ドラ ム&ベースだとそれが出来ない。そのポイントから離れて行くよ うな気になる んだ。

ドラム&ベースっていう単独の音楽で何かやろうとは思ってない。そこまでの意 識がないから。それは、10年やってきて充分すぎるほど理解してる。

自分にとって音楽を作ることは自然な感覚。「安らぎ」を探すツールみたいなも の。コンピューターで音を出す、それが時には紙とペンだったり。お酒 に例え てみるけど、それも似た類い。お酒じゃなくても、「それがないとバランスが保 てない」ものなら何にだって例えられる。自分にとって音楽はそ ういうもの。 最後には必ずそこに戻るような場所。料理やカメラも同じ。いいものが出来た時 や、物事が上手く運んだ時も同じ気持ちになる。

3:11

自分は繊細な人間で、だからこそ気持ちを落ち着かせてくれる何かを自分で見つ けて行かなきゃいけない。そう考えると、やっぱり小さい頃に考えた 『トゥ ルーマン・ショー』的視点が原点にあるんだと思う。世の中の矛盾に対して苛立 ちを感じなくてもいいような、そういう場所に身を置くことで平 和を手に入れ られる。でも、ドラム&ベースではそういう場所が見つけにくいんだ。こういう 話をすることさえ御法度に思えてくる。

「ドラム&ベースには真の才能がない」ってPendulumがぶちまけたらしいけど、 シーンを知る人間がジャッジするなんてちょっと失礼だと思っ た。

どう進めていくかとか、現実的にこうした方がいいとか、どうすればそう出来る かとか、その全工程が、その人の経験に似合ったそれぞれのレベルでそ れぞれ の音楽の中に絡み合ってこそ生まれるものがある。音楽を作るってそういうこ と。友人やいろんなアーティストの音楽を聴いて来て思うけど、み んな天性的 なものが作り上げてるんだと思う。それを何も知らないのに、座ってただ見てる だけでジャッジするっていうのはおかしい。もっと才能に感 謝するべきだと思う。

ジャッジメントや現実の不確かなことについていつも考えてる。自分にとっては そこが物作りの原点だから。こんな話はノンセンスなのかもしれないけ ど。 世の中のままならないことにもがいて、安心出来る居場所を求めるからこそ出 てくる生の感情がある_。だから音楽を作る。目立ちたいとか、女に もてたいと か、ただでドラッグが手に入るからとか、かっこよく見られたいわけでも何でも ない。自分にとって音楽を作ることはごく自然な行為なん だ。

もがくことで、いちいち気にしてなきゃいけないくだらない問題や、つきまとっ てるエゴから離れることが出来る。そうやって気持ちのバランスを取っ てるん だと思う。自分がこんなにもがいてるなんて人にはわからないだろうけど、これ は誰もが自分自身の中で戦わなきゃいけない問題なのに、機械的 な話しかしな いで、核心な部分には触れたくなさそうに見える。

無垢だった子供の頃の気持ちに戻れる場所。自分にとってはそれが音楽を作るこ となんだと思う。

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音楽でお金をもらえるなんて変な感じ。夢の世界。子供の頃見てた夢が現実に なってる。事実としてはそうだけど、汗水流して世界を飛び回って暗がり のク ラブでプレイしてると、実際そう思えない時もある。自分のやってることに人が 興味を示せば示すほど神経質になったりもするし。文句を言っちゃ いけないの だろうけど、曲を契約させることよりは「やりたいことをやる」っていう子供の 頃の単純な夢を実現させたい。

自分で自分を陥れてるようなものかな。こんなこと考えてるなんて誰も知らない し、みんな僕がシーンを継続させて行くとしか思ってないだろうけど違 うん だ。自分の作品に対しては謙虚な感情がある。過去の曲を聴くたびに「もっと上 手く作れたかもしれない」、「もっと面白く出来たかもしれな い」って恐縮し たりしてね。

個人的に思うけど、どんな素晴らしい音楽でも、突然シーンのテンポに巻き込ま れて、結果意味を成さないような音楽になったりすることがある。その 流れが 嫌だね。だから自分はいまだにこうやってドラム&ベースを正当化させようとし てるのかもしれない。受け入れてもらえる道を探してるとでもい うか。受け入 れられないからこそ惹き付けられるものなんだろうし。音楽に感じてる自分の本 当の感情をきちんと見せることはすごく難しいと思う。こ れも北アイルランド 的な社会矛盾の影響かもしれない。最近はフィルムメーカーやライターやたくさ んの人が、社会の矛盾を表現することで個人の才能 をうまく引き出してる。ド ラム&ベースにも同じことが言えると思う。音楽社会の中にも何かおかしな風潮 がある。そんな中にいる自分は、まるで都会 のど真ん中にいる原住民で、いま だに木の上に住んでて、下を通る人にいつも石を投げつけてるような、そんな類 いなんじゃないかって。

Part.2 <<< click
母親は僕にアーティストになって欲しいと思ってた。小さい頃から絵を描いたり するのが好きで手先が器用だったから。

何度も言うけど、自分のこのメッセージは生きてく為に必要なんだ。音楽を作る のも、もがきがあったからこそ食べることが出来て生活してこれた。今 度は アートでも同じように生きて行きたいんだ。音楽がそうだったように、絵を描く ことも自然の流れだから。音楽でやることがなくなれば音楽をやる ことはなく なるだろうと思う。絵と音楽をミックスさせて作れるものもあると思うし。誰も まだやったことがない何かが。今まで培ってきた自分の技術 を武器に出来る何 かがね。

飛行機の中でもどこでも描いてる。'Overflow'のカバーは、オーストラリアの旅 先で描いたもの。Dominic Martinとして出した'Shin A Light'のカバーは、ちょ うどコンピューターがクラッシュした直後で気が滅入ってた時、突然取り憑かれ たように描き始めたんだ。すんなりと自然に描い た嘘のない一枚。顔の反面を 塗りつぶしたのは、自分の内側にある腫れた心の傷みたいなものを表してると思 う。絵を描くことは、メディカル・トリー トメントのようなもので、ものすご く気持ちが救われる。音楽を作るよりも自分の存在を確信させてくれる気がす る。だから、自分のキャリアについて 聞かれたら、音楽にしても絵にしても、 これが自分の「やり方」なんだってきちんと説明したい。信仰的だから時々苦し くなったりするけど、でも大抵 は楽しんでる。だからいつも描く。空港でフラ イトを待ってる時もストレスを抑えてくれる、ある意味鎮痛剤のような役割をし てくれる。

3:53

ドラム&ベースのことを話す時はいつも「長くやり過ぎた」って感じがしてく る。最初はちょっと触る程度だったのが、みんなが話さないような政治に つい てのエッセンスを入れてみたりして。そんなの誰も聞きたくないんじゃないか な?きっとそう思ってるはずなのにおかしいね。

ドラム&ベースについては、自分の中にある盛り上がりの波みたいなものがあっ て、いい時もあれば、疲れて「もういいよ、次に行こう」ってなる時も ある。 10年やってきて知り尽くしてるから、「もう充分」って感じる自分がいるのは 事実。

音楽はどうにでも調理出来ると思う。Logicで出来るものなら、レゲエ系なりハ ウス系なりアンビエント系なり作ろうと思えば全部作れる。でも、 だからと いってバリアを無くそうとか賢くなろうなんて思ってるわけじゃない。自分に とって、音楽は飽くまでも自然の流れだから。

ツアーやDJをすることは、流れに逆らって泳いでるような感じ。骨が折れる。簡 単なことじゃない。自分が作るメランコリーな音にはレイブ的なノリ がないか ら、あんまり聴きたいと思われないかもしれない。でもその音には自分の経験全 部が表れてる。レイブと私的な時間との間に存在する感情的な 音。その溝の深 さみたいなものを確かめることが、自分がドラム&ベースでやっていることなん だと思う。手放してはまた返ってくるような。

ダンスフロアや家で聴くだけのものじゃなくて、心に響く音をアピールした方が いいって言ったGoldieのアイディアは正しいと思う。最近の音楽 はハイプに依 存し過ぎてると思う。そういう音楽には人間の興味をそそるものがないし、関心 を惹くものがない。なんだか小さな点の上を飛んで跳ねて の繰り返しみたい な。それがいいのか悪いのかはわからないけど。

自分が存在してる世界でありながら、共通点を感じない。でも、その目まぐるし く動くスピードの波みたいなものには影響される自分がいる。

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DJも原因の一つだね。始めたころはとんでもなく下手くそだった。今でも自分は 「アマチュア」だと思ってる。全部オーディエンスの前でやらなきゃ いけない から大変。人の前で失敗するなんて、もちろん出来ればやりたくない。

DJをすることでいい点もある。目の前で直接手応えを感じられるし、自分の好き な曲をプレイ出来る。だからこそ反応がない時はショックだけど。

セットには毎回一曲新しい曲を流すようにしてる。誰もまだ聴いたことのない曲 を入れるようにしてる。時間があればもっとドラム&ベースを作りたい と思 う。音楽作りに感化させられることや、取り入れてみたい要素がたくさんあるから。

長くやってると見えてくるけど、オーディエンスは「変わらない変化の波」のよ うなものに気づいてないと思う。二度とプレイされない曲もあれば、も う一生 聴かない曲もある。誰かに曲を提供しても、その本人たちが消えてくことだって あるし。セットのミステリーだね。だから、僕のプレイするもの が必ずしも ビッグチューンだとは限らないってことをわかってもらいたい。自分は毎回違う ことをやろうとしてる、ただそれだけだってことをみんなに 知ってもらいたい。