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Dubstep
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| 南ロンドン郊外のベッドルームで生まれた、ここ10年のうちで最もエキサイティングなダンスミュージックムーブメントが今世界へ進出する。 午前4時、空気は甘ったるいスカンクの匂いにどんよりと重く、ここBrixtonの暗闇に賑わう箱後方に積み上げられた巨大スピーカーからずっしりと響くテクトニクスプレートをも動かすであろうベースサウンドは、パンツの裾をはためかせ、背筋を弄りながら、浮かれ騒ぐ人々の胸元をエコーチャンバーへと変えていく。DJが針を落とし、JungleとダークなD&Bへトラックバックする。しかし、決定的な違いといえば、スリリングで歪んだベースリフを継ぎ合わせているところだろう。けたたましく、そしてうつろいながらにゆっくりと、それはまるでRolf Harrisがwobble boardを巧みに操る様だ。これが本来のDubstepサウンドである。 UK GarageとGrimeのフォーカスの舞台はロンドン東部にあろうとも、Dubstepの中枢は確実に川から南にある。BrixtonのMassにて2ヶ月に1回開かれる"DMZ"は、Croydonのサブカルチャークリエイティビティの温床にて、今は無きレコードストアBig Appleと共に約6年前に生まれた。ロンドンから長年かけて現れた純粋なエキサイティングサウンドのライブリスニングポストのみならず、それは今日のDubstepシーンの中心核である。 現在注目を集めるDubstepプロデューサー陣は、CroydonとNorwood出身、若干20歳の神童Skream(Oliver Jones)とLoefah(26歳)の2人。 まだ学生だったSkreamは毎週末Big Appleでバイトをしていて、彼の兄(Hijack/プロデューサー)もそこで働いていた。Loefahは小遣いからありとあらゆるJungleの12インチを買いあさり、たくさんのフライヤーを手にしながらBig Appleで無邪気に戯れていた一人である。その頃といえば、El-BやZed Bias、Horsepower (a.k.a. Benny Ill)といったDubstep発展に欠くことの出来ないダークでねじれたGarage/2Stepの発案者がショップ内レギュラーの面々であった。そして若手プロデューサーDJ HatchaはSkream初期のDubstepプレートを初めて自身のライブセットに加えた。Croydonのネイバーフッドがこの新しいサウンドをどうやってセンターへと運び込んだか、その小さな店内の一角が生んだ偶然はどうともうまく説明しないが、発見したところによると、ベテランDancehall MC Tippa IrieはThornton Heath育ち、名高きDubプロデューサー、Mad Professorは80年代、Norwood西にスタジオを持っていたとのこと。また、伝説のINTA NATTYレイヴクルー(HijackとGrooveriderがフューチャー)もロンドン南部でのヘルプがベースになっていることから、JamaicanミュージックやJungle、D&B、Garageの最強な歴史を持つエリアであることもその要因の一つと言えるかもしれない。 出所がどこであろうと、Dubstepは確実にロンドンサウンドである。90年代半ば(GodやTechno Animalとして活動していた頃)、その業界とIllbient Electronicaシーンでリスペクトされた名前、Kevin Martinは現在The BugとしてDancehallやRaggaを濃密に盛り込んだDubstepをプロデュースしている。彼はLoefahと一緒にShoreditchにあるPlastic PeopleでDubstep、Bashment、DancehallやGrimeに開放されたイベント、"The Bash"もプロモートしている。『Dubstepがロンドンから来てるのは明確だよ。』と彼は言う。『突然変異さ。疎外感とアイディア達が都会特有の破裂を起こしたんだ。もっとパーティを!って思う反面不安にもなるよ。もちろん。』 『スカンクと一緒にこなすには大仕事さ。』と彼は笑う。 JungleとDark GarageがDubstepの構成要素だとすれば、the cavernousやecho-yの名前からもわかる様に、Dub Reggaプロダクションの3D効果が彼らに何を引き出すか想像出来るだろう。Dubstepには(Dubも然り)、トレブル(高音)やミドルレンジなサウンドはほぼ不在であり、ほとんどが出来るだけ体を揺らせる様にと作られたSub-bass主体である。それこそThe Bugが長い間魅了されているフリクエンシーなのだ。 『Dubstepの真の姿には驚かされるよ』と彼は語る。『今まで自分が聴いてきた音楽全部の大事な部分でもあるんだ。10年前、East End SoundclashでIration SteppasとDisciplesに出会ってからは、音楽に対してあれほどの気持ちにならないよ。初めてのサウンドシステム経験は、オレのDNA全部を変えたよ。自分の愛してやまないDubstepシーンのコアなプレーヤー達のやる気や、音に対する闘志的な信念は本当にリスペクトしなきゃいけない。彼らはフリクエンシーやソニックフォースのインパクトにつきまとわれながらも、ハイプを通してじゃなく、実際に音楽を通してみんなをどう動かすか、その可能性だけを気にかけてるんだ。』 ほとんどのパーティが単体で行われ、ハイプ不足がシーンの中で最も際立って目につく部分ではあるが、プレーヤー達の間ではそれを冗談で"コミュニティステップ"と呼びながら、お互いをサポートし合っている。Skreamによるデビューアルバム(11月リリース)には初のリリースながらにおそらく大体的なPR活動が盛り込まれるだろう。だが、事実シーンはここ何年も型にはまった業界的支援無しで繁盛しており、また、ほとんどのプロデューサー陣がその道を保持していくことを望んでいる。 DMZのクラブプロモーターであり、レーベルマネージャーであるLoefahとDigital Mystikz(MalaとCokiのプロダクションデュオ)はDubstep理論を実証する。『DMZはセレブリティカルチャーからの拒絶から生み出された様なものさ。』Goldieの伝説的な"Metalheadz sunday sessions"の常連であったMalaと一緒に14歳の頃からJungleのレイヴに通い詰めたLoefahはそう説明する。 『スピーカー以外には何もいらないんだ。単純にそれだけ。テキスト以外はフライヤーに何も載せたことがないよ。場所はどこで、誰がやって、いくらかかるか、ただそれだけさ。"Dubstep"とも書いたことがないよ。DMZはピュアでオーガニックに成長をしてるんだ。2ヶ月毎に同じ事をやる。5,000枚のフライヤーを置いて、スピーカーをセットして、押し売りは一切なし。合い言葉は、"たった3人に犬1匹しか来なくても、その時はその時さ!"』 それはあり得ない話だとしても、DMZは2005年3月の3rd Bassデビュー以来着々と急成長を遂げ、今年の一周年記念パーティは一気に炸裂した。 Mass開店前の22時、表にはいつもの2倍にも及ぶ行列が立ち並んでいた。1時間後、血相を変えたマネージャーが3rd Bass(キャパ500名)から大きめの階に移動した方がいいと心配そうにLoefahとMalaに告げる。サウンドシステムをセットした後の深夜0時、Malaがマイクを取り外の行列にアナウンスした。 『そりゃもう大噴火さ。みんな拍手喝采で励ましてくれて、本当にいい夜だったよ。』とLoefahは振り返る。 あの夜のリラックス感、また全員参加での自然な一体感は確実にサクセスだったとMalaは考える。『DMZでは自分の家にみんなを招待してる気持ちになるんだ。どんな格好だろうと何歳だろうとどこから来ようがそんなの関係なくみんな大歓迎さ。女の子だって野郎に邪魔されずに充分音楽を楽しめるしね。一体どんなもんかって僕の親父も見に来たことがあるんだ。とっても楽しんでたよ。そこが違いかな。特にロンドンのクラブシーンではね。中に入る前から既にうんざりさせられる時があるだろう?俺達はそういうくだらなくて必要のないこと全てを切り捨てたんだ。俺にとってDubstepシーンとDMZの2つはポジティブな経験をさせてくれる"音楽と皆"。その2つなんだ。』 DMZが始まる1年前、Plastic Peopleの"Fwd>>"(現在毎週金曜日開催)がDubstepの社交場だった。6月に1夜限りでThe Endに移され開催した際、TempaレーベルのAmmunition Promotionsはそのシーンに重要な一場面を提供し5周年を祝ったばかりである。その夜Htachaが披露したSkreamと彼のビート仲間であるBengaのDubプレート及び彼のセットは今日のDubstepを形作ったといえるであろう。Herbalでは現在、EectronicaやGrime、Crunk、Dubstepを盛り込んだ"Grunk"というイベントをホスティングしている。BristolとLeeds両者共にDubstepのクラブがあるが、Digital Mystikz、Loefah、Skreamの3者は既に現在一番遠くではアメリカまでと幅広くプレイしている。The BugとCamberwellのプロデューサーKode9が信じる様に、Dubstepがウィルスの一種だとすれば、世界に蔓延し始めている鳥インフルエンザの如くwww.blackdownsoundboy.blogspot.com(プロデューサー、Martin Clarkとジャーナリストのブログ)や、www.dubstepforum.comの様なインターネット媒体に乗せられて確実に感染していくであろう。 窪んだSub-Bass音は、どのDubstepチューンにも激しくビート付けられるが、各プロデューサーそれぞれに独特のスタイルをかもし出している。現在ジャンルとして定義付けられるSpacey(Half-Step Wobble)を作り出したLoefah。 ストロングなメロディ作りにOld-schoolステッパーを参考とするDigital Mystikz。Skreamがクリップし、tech-yスタイルが抜き取る全ては、Houseからフィルムサウンドトラックまでと並ぶ。The Bugは、BashmentとDancehallのインフルエンスをこよなく大事にし、Vex'dは、インダストリアル調のノイズスケープをモデルとする。Boxcutterは、引き攣る様なElectronicaサウンドをDubstepにミックス。そして、Hyperdubレーベルのボス、Kode9とドレッドの詩人ことThe Spaceapeは、反理想派未来の魅力的なビジョンをダークに収集し、Burialは、ムーディで可憐なシネマティックアンビエントビートを作り出す。この様々な特色の違いが、蔓延る同質性と"シャンパン&チャーリー・カルチャー"(一種のクラビング貴族)により全滅させられたJungleやD&B、そしてUK GarageシーンとDubstepとを区別する。 15歳の時、安めのソフトFruity Loopsで初めてビートを作ったSkreamは、Garageにて育ったDubstepプロデューサーの1人である。『Bling(※ゴールド、ダイヤモンド等のBボーイ・セレブ系ファッション)はよくGarageの頃やってたよ。』と彼は言う。『いつかは後退して行くとしても、DMZは自分にとって家族みたいなもんさ。トラブルもないし、悪態を付く気も更々ない。お互いを誰だか知らなくても声を掛け合うんだ。みんな同一線上にいるってわかってからね。』 Kode9にとってDubstepのバリエーション性は一番の特徴だと言う。『1993〜96年の間のJungleが自分にとって一番重要な音楽。』と彼は説明する。『あの時期は全部がDubとRaggaeからJazz、Soul、Funk、Techno、Electoroに使われてたからね。1種類の音楽にあれだけいろんな音楽の要素を練りこんだものを聴いたのは初めてだったよ。それがDubstepに惹かれる理由さ。スピードは違うとしても、あの開放感が大好きなんだ。マッシブで没頭する、温かくて魅力的なあのSub-Bass音がDubstepの持つそれぞれ違うサウンドと繋がっていることに矛盾はない。もちろん140bpmの一定したスピードあってのことだけど、でも、それだけでDubstepを語るにはちょっとクリニカルすぎるね。』 BBC Radio1のDJ、Mary Anne Hobbsは同意する。熱心なDubstepサポーターの一員である彼女は、1月の特別番組"Breezeblock"でDubstepをオーバーグラウンドにつつき出した。『Dubstepの長所の一つとして、どこからどう影響を受けるだとか、他のシーンにありがちな気取りやキツいパラメーターになりがちな部分が一切ないってことが言えるの。それに完璧にエゴレスで、みんな勇んで隣りの人を踏みにじってく様な、この業界でよくありがちな光景はとってもレアなの。Dubstepを最初に聞いた時は、初めてJungleを聴いた時と似てたわ。脳みそがあの音をどう処理していいかわからなかったし、ダンスフロアで体がどう反応していいか着いて行かないの。私の様に長くディープにオルタネイティブなエレクトロニカミュージックと関係してると、結局最終的には全くのオリジナルに出くわすのね。すっかり人生を変えられたわ。Dubstepとは文字通り、みんなを掴んで離さないパワフルでエレメントなサウンドよ。』 『Dubstepは、ロンドンをドライブするには持って来いの音楽だと思うよ。ラジオのチャンネルは絶えず変えられて、マッシヴなバリエーションサウンドがいつでも聴けるんだ。無制限にぶっ飛ばせて、その上行き止まりにも突き当たらなかったら、そりゃヘルシーな未来だと思うよ。Dubstepがここ6〜8ヶ月の間そういう形で炸裂してることはすごいことだね。おまけにまだフレッシュなシーンだしね。素晴らしいポテンシャルだよ。』と、The Bugは自分の視点を語る。 ほとんどのDubstepプロデューサーの様に、Kode9もまたコマーシャル化は必然的なことだと考えるが、コミュニティのいかなる変化も一切の副作用無しにて理解されて行くことを願うばかりだ。『少しでも価値があれば、拡大していくことは音楽の自然な進化過程だと思うよ。皆がそれで生計を立てられるなら、それだけ最高なことはないのはわかりきったことさ。ほとんどのプロデューサーがパートなりフルなりなんらかの仕事を持ってる。そんなに稼いでるやつなんていないし。でも、みんな自分の聴きたい音楽を作ってハッピーなだけ。俺たちはDubstepを広めることを止めないよ。それ以外のことはあんまり重要じゃないんだ。』 ウーファーで運ばれたウィルスは今、世界にて蔓延中。抵抗は一切無駄なのである。 DMZのフライヤーがせき立てる。 "Come meditate on bass weight! "(メベースウェイトで瞑想しに来ないか!モ) Sharon O'Connell, Wed Oct 4 2006 / 訳:myoume |
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